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2013年1月22日 (火)

愛猫じぇりー逝く

しばしの高カロリー食が起爆剤のようになって、家中をパトロールできたり少し元気になったようにみえた愛猫じぇりーでしたが、16日の夜容体が急変し、日付けが変わった木曜日の17日、深夜2時前ごろだったか、永眠しました。

血液検査では現れない病と闘っていたのだと思います。少しでも他の飼い主さんのお役に立てれば、と思いましたが参考にならなかったかもしれません。

今まで俺自身、41年間生きてきて、一番、最もつらい出来事で、悲しくて悲しくてどうしようもなかったんですが、遺体に金曜日の夕方まで付き添って、火葬場まで自ら運んで最後の火葬のスイッチも押させて頂いたので、なんだか納得してそこから落ち着きました。

おそらく、去年の7月末にじぇりーの行方がわからなくなり、38時間後に無事見つかったとき、「もし、将来じぇりーに何かあっても、家で看取れるなら」と覚悟が決まったのと、じぇりーが俺が帰宅するのを待って深夜逝ってくれたこと、そして最後見送るまでの過程が自分の納得する方法だったこと、などから安堵感が生まれたのだと思います。

そもそも俺は宗教は信じてませんが、手塚治虫さんの「火の鳥」のような輪廻転生はあると思うので、また来世でじぇりーに逢えると確信してます。人の死だと49日っていうのをよく耳にしますが、7日間毎に試練を乗り越え、49日を過ぎて天国へいくという風に理解してます。そもそも人の場合だと生前に犯した罪などが関係してくると理解してますが、

愛猫じぇりーに犯した罪はない

のであまり試練的なものが待ってるとは思いたくないけど、ご飯と水だけは上げ続けたいと思います。高カロリー食余ってるんでがっつり栄養つけてもらいます。

ただ、愛猫じぇりーの性格を考えると、自分では動けずじっとしてそうな気がします。言い換えれば同じ場所で俺をじっと待ってる気がします。なので49日は節目の一つとして考え、自分の命が絶えるまではサポートしなきゃな、と思ってます。

時間の感覚はきっと違うので、自分にとってこの先何十年あろうが、愛猫はじっとそこで待ってるような気がします。そしてそこでじぇりーを抱いて、一緒に天国まで行く、そんなイメージです。

それとじぇりーの毛や爪を財布に入れて持ち歩いているせいか、外出してるときも一緒にいる気がします。魂がずっと自分と共にあるというか。

悲しい気持ちが完全になくなるまではまだまだ時間がかかると思いますが、じぇりーと出会えたこと、一緒に過ごせたこと、そしてこれからもずっと関わっていけることを幸せに思います。

命日は1月17日で”いいな”と読めます。がんばって日付けを超えてくれたので、愛猫の気持ちだと思って、毎年この日を迎える度に”いいな”と思える人生を送っていられるようにします。

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