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2012年7月24日 (火)

人生最大級のピンチ

今、じぇりーがおしっこをした。

普段、なんでもないような日常の一コマだけど涙が溢れて止まらない。

そう、少なくも昨日午後2時に無事帰還を果たしてから、今朝10時をすぎるまでの15時間以上がすでに経過していたが、その間何度かトイレに入ったり、そばにいっても用を足せていなかった。

今日は火曜日。

そう、二日前の日曜日の朝、じぇりーがいなくなった。

忽然と姿を消した。まるで煙のようだった。

そう気づいて28時間が経過した後に、二軒隣の庭のエアコンと壁の狭い隙間に挟まれて動けなくなっているじぇりーを発見、無事救出した。

それまでが長かった。1分、1分が長かった。見つかった瞬間、安堵と脱力感がいっぺんにきた。

じぇりーは白い毛が体の下半分を覆っているが、顔の下と足の先は真っ黒。長い毛には葉っぱやゴミが巻きついていた。

無事家に帰ってきて、しばらく匂いをかぎながら家を探索するじぇりー。トイレにいくけどおしっこは出ない。水分を取っていないからだろうけど、外にいたショックとストレスで膀胱炎が再発するおそれがあった。

じぇりーが行方不明になった時点で調整できる仕事はづらし、さらに火曜日も休みを取っていた。もし今も見つかっていなかったら、と思うと神経が持たなかったかもしれない。無事、見つけ出せはしたが、じぇりーの体に異変がないか様子をみたいので今日はそのまま休んだ。

一番心配だったのは膀胱炎で、これが再発していたらすぐに病院に連れて行かないといけない。そうなるとまた手術が必要で、高齢かつ衰弱しきった愛猫にはそうとうな負担になる。

だからさっき元気なおしっこが出てる音がして、十分な尿の量が確認できたとき、安堵感で一杯になった。これは膀胱炎の猫を持つ飼い主にしかわからないかもしれない。3日以上溜め込むと死に至る危険性が高いのだ。

土曜の夜中、じぇりーはいつのもように俺の腕の中で寝ていた。確実に覚えている。朝起きた時はいなかったが、どこかにいるのだろう、と思い気にしなった。

6人ほどの友人が宿泊していたため、みんなの朝食の用意などに気を取られ、その中の3人を急いで駅まで送らないといけなかったため、残った友人にじぇりーがどこかで寝てないか確認するようお願いをして家を出た。

暫くして帰宅すると友人たちが「どこにもいない」というので、再びこたつの中やワードローブの隙間心あたりの場所を探した。それでも見つからなかったけど、どこかにはいるだろうと思っていた。だが、確実に焦りは芽生えた。

その日の朝、友人の1人が車に物を置きにいくために出入りをしたが、その隙に出たのだろうか。それにしても13年間、玄関が仮に開きっぱなしになっていてもじっとそれを見つめるだけだったのでじぇりーが自分から出て行くことはありえないと思った。

友人が帰り、いよいよ家の中を本格的に探した。じぇりーの名前を呼んだ。どっかでばく睡してたとしてもこれだけしつこく呼べば普段はひょこっと顔を出す。

すべての隙間、キッチンの戸棚、物置、すべてを探した。しらみつぶしに探した。

いない。

本当にいない。

それが現実だと受け入れざるを得なくなってから焦った。

もがくようにして外に出て家の敷地内で名前を呼び続けた。

じぇりーの性格から遠くにはいけない。きっとおびえてどっかの隙間にじっとしているだろう。そういう確信があったから植物の間など草の根をかきわけた。

家の敷地にいないのか?途中で猫を発見したがよく遊びにくる近所の猫だ。こいつがいるとなればじぇりーは逃げるかもしれない。家の裏か?

家の裏に空き地がある。雑草が生い茂っている。ビリヤードのスティックをとってきて、約650平方メートルの空き地を草の根をわけて捜した。名前も呼び続けた。

この2箇所にいないはずはない、と思っていたので不安が頂点に達した。

もう一度家の中をみた。登れるはずもないのにすべての上段の棚もあけた。今思うと完全に冷静さを欠いていた。どうしよう、とんでもないことになった、というようなどうしようもない絶望感が体中を襲いまくった。

大変なことをしてしまった。俺のせいだ。もっとかまって欲しかったんだ。だから自分の意思で出て行ったんだ。自分を責めた。度々襲い掛かる絶望感で気力を失いそうになった。

そんな時、じっと狭いところで俺が助けにくるのを待つじぇりーの姿が目に浮かんだ。

そうだ、こんなとこで落ち込んでても仕方がない。1ブロック、2ブロック、少しずつ範囲を広げていくが見つからない。人の家の庭には法律上立ち入れないので外から声をかけ続ける。

そんなことを繰り返しながら近所の人に聞き込み調査をし、特徴を伝え見つけたら捕まえようとせずに連絡だけしてもらうようお願いする。写真を刷って張り紙を配ればいいのだろうけど家のPCとプリンターが連動していないのと、今はそんな時間さえももったいなかったので歩き続けた。

家でも待った。匂いのついたタオルとご飯と水を玄関に置いた。水は家の外のおちこちに置いた。

だが、じぇりーがこの家の玄関まで自力で帰ってこれないであろうことは直感が語っていた。

歩いた、歩き続けた。呼び続けた。近所の目は関係なかった。必死で、無我夢中で名前を呼んで探し続けた。

日が暮れた。そして恐れていた夜が来てしまった。

寒い。厚着をしても寒い夜だ。途中霧雨が降った。凍えている愛猫の姿が目に浮かんで胸が苦しかった。家の窓は開けておいた。じぇりーの声に耳を澄ましながら仮眠を取った。約30分おきに目を覚まし、玄関に出て近所に聞こえるようにじぇりーの名前を呼び続けた。近くにいたら確実に聞こえているだろう。昼と違って夜は声が響く。

静かな夜だ。俺は近所を歩いた。名前を呼んで、その都度じぇりーの返事がしないか耳を澄ませた。

ふと夜空を見上げた。霧雨は止んでくれて雲も抜けてきれいな星空が見えた。星が降ってきそうなぐらい綺麗だった。どうかこのまま晴れていてくれ。天気予報は雨だったが、降らないよう祈った。

じぇりーの声は返って来ない。万が一、どっかの車にかくれてそのまま移動してしまったのか。いろんなことが思う浮かべられる。マイクロチップは埋め込んであるから保護されれば連絡がくるはずだ。かかりつけの近所の獣医で住所変更をしておいてよかった。

でも保護できるだろうか。きっと暴れるに違いない。爪もいくぶん長い。なによりもきっと今頃は目やにだらけで誰もさわろうとはしないぐらい醜い顔になっているだろう。

いろんな不安と絶望感が入り混じったまま朝を迎えた。

正気を保つので必死だった。朝の家にじぇりーがいない。その現実は非情だった。

家の中に向かって、というより、ここから外に聞こえるように愛猫の名前を叫んだ。悲しくなった。

これまでも幾度と1人っきりになっても乗り越えられた。それは実質1人ではなく、じぇりーの存在があったからいつも救われた。精神的に助けられ、支えられてきた。

そのじぇりーがいない。そして今度は本当に独りぼっちになってしまった。そんな家で絶望感に覆われながらしばらく泣いた。

でもこんな形で別れるのはいやだ、と心底思った。たしかにじぇりーにも寿命がある。その最後は俺の温かい腕の中で見届けたい、と思ってる。俺に愛を与え続けてくれたせめてもの恩返しだ。

こんな寒空の中、寂しい思いをしながら死なせるわけにはいかない。もう一度気力が戻った。早朝から探し続けた。さらに範囲を広げてあらゆる荒地に足を踏み入れて名前を呼び続けた。途中で何匹が猫を見かけた。どれもじぇりーではないがここが彼らの縄張りならじぇりーは近づけないかもしれない。

昼になった。そういえば腹は一向にすかない。だがこっちの体力がなければ探せない。そう思ってヨーグルトとバナナをほうばった。再び探しに出た。

何十回と俺が名前を呼びながら探し続けているので近所の人も心配して話かけてくる。その度にじぇりーのような猫が家の庭にまぎれてないか確認するがいい返事はなかった。

昼になった。月曜だが会社は行ってない。なんとか調整したが、4時からの電話会議は、会社のネットワークを使わないといけないので家からでは参加できない。重要な会議だったがそれさえも行きたくなかった。

一応オフィスには3時すぎにはいく予定、とは伝えてあった。

1時をすぎて再び自分の家のまわり、隣の空き地、そして近所を探し始めたところ、二軒どなりの男の子が走ってきて、うちの庭探したらエアコンの隙間に生き物がいる。多分猫だと思う、といわれた。期待と不安が一杯で、でも期待をよせて走った。ありえる、たった二軒隣、しかも想像通り、隙間に入り込んでじっとしている。

ガレージから庭に迎え入れられ、がらくたが散らばるエリアの壁際に外づけのエアコンがコンクリートの床に置いてある。

「ここの隙間だよ」

そういって案内され、想像以上に狭い隙間を覗くと見えた!興奮した!

後姿だけだが毛の色と毛並みですぐにじぇりーとわかった。呼んだ、叫んだ。でも振り向けないぐらい狭い隙間に入り込んでいる。こっちからじゃ無理だ。エアコンの前に回った。

木材が置いてある。慌ててそれをどけながら隙間をかいくぐると愛猫の顔が見えた。間違いない、じぇりーだ!想像通り目やにがすごいことになってそれがまた切なくて愛しい。

とりあえず名前を呼び続けて手の匂いを少しかがせておもむろに首ねっこを掴んで引きづりだした。そうしないと出れない狭さに入り込んでいた。

抱きかかえた瞬間の気持ちは一生忘れることはないだろう。

命、そう命に代えても守りたいもの、それが一旦手から離れて再び自分の手の中にある瞬間、それは一度失ったものでないとわからないだろう・・。

もうだめかと思った瞬間が何度かあった。でも最後まで諦めなかった。

じぇりーが入り込んでいた場所は、よく探さないと見つからない。言い換えれば近所の彼らがよく探してくれた、という証。じぇりーの命の恩人だが、俺の命の恩人でもある。

もし発見されなけば自力でそこから出ていたとは考えにくい。自分で帰ってこれるほど器用な猫ではないのは十分承知していたので本当に奇跡が起きた。

人生最大級の絶望と喜びを28時間以内に味わった。

そしてなんとか夕方の会議にも間に合ったので、散々大冒険をしてきたじぇりーのせめてもの親孝行を感じた。

じぇりーのレベルもアップしただろうが、俺の精神レベルもアップした。

だがこんな試練はこりごりだ。

あきらめない、信じる。

俺が助けに来るのを信じてじっと待っている、そう思い続けて無我夢中だった。

その夜、俺の温かい腕の中で幸せそうに喉を鳴らして寝てる愛猫の姿はどんな価値あるものにも変えがたい。

俺は一生お前を守りぬく、だからこれからも俺のこともよろしく!

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