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2011年3月17日 (木)

3つのプレートと余震の関連性

ここのところ、会社にいても家にいても夜中でも、ネットの記事とNHKの放送に釘付けです。

ブリスベンの大洪水のときは、自分で状況を目の当たりにしているし、状況を随時把握できるのと、一過性のものなので、一度被災したらあとは復興へのプロセスに集中できるのでここまでテレビを続けて見ることもありませんでした。

今回は日本、という母国で起こり、自分はここから見守るしかない、というとってもとっても歯がゆい気持ちをどうしたらいいのか自分でもよくわからなくなります。地震速報などが入ったり、原発の状況が悪化するたびに愛する人たちのことが心配で心配でたまらくなります。

昨日の夜は、ご飯がたっぷり入っているにも関わらず、「ふりかけかけてちょー」と鳴く愛猫じぇりーに、”被災しているペット”がどれだけ大変か、と思わず語りかけてしまいましたが、本人にわかるはずもありません・・。

さて、先日書きました”想定外を想定する”ということの重要性の意味であえて今回書きます。

気になるので自分でいろいろ調べたりしてますが、今回の東北沖のM9.0は太平洋プレート上にあって、同じプレート上のニュージーランドの地震と関連している可能性がある、というお話は専門家の方もいっておられました。

千葉沖に、この太平洋プレートから分岐して、富士山に向かって走るフィリピン海プレートというのがあり、千葉沖で起きてる群発は、ここが”ひずみ”のバランスをとろうとしているために起こっているのかな、と見えます。

そしてそのフィリピン海プレートは丁度富士山の辺りでユーラシアプレートにぶつかり、そのユーラシアプレート上にある長野や新潟で群発が起こっていることを考えると、説明がつきます。

先日の静岡の大地震も、このフィリピン海プレートユーラシアプレートの交わっているあたりで起こっています。そしてそのすぐ上に富士山がある、という事実です。

いろいろ読んでた記事の中で、名古屋大地震火山・防災センターの鷲谷教授は実際に、「富士山は宝永の大噴火から約300年が経過し、いつ噴火してもおかしくない。今回の地震が引き金になる可能性もあり、推移を注意深く見ていきたい」と話しています。

ただ、プレートやこの火山に関してもどれだけのストレスをどれだけの期間ためこんでいるのか、というのは専門家でもわからないらしく、近い将来かもしれないし、2ヶ月とか、半年、もしくは1年とか経って人々が忘れかけているときに突如牙をむく、ということも考えられます。

もちろん気象庁を始め、不要な不安を招くことは避けたいのでこういった可能性に関しては言及してないですが、上記の3つのプレートと、東北、千葉沖、静岡、長野の余震の位置を重ねあわせるとその関連性や因果関係はすべて説明できると思います。

こっちではNHKしかほとんどみないのでひょっとしたら他の民放ではこうした話をしているのかもしれませんが、少なくともNHKでは触れていないと思います。

実際、今、国をあげて取り組まなければいけない最優先事項は;

1:孤立されている方々などの救助。今だに救助されている方がいるのできっとまだ助けが来るのを信じて待っている方がきっとどこかにいると思います。

2:避難所への物資の輸送。医療関係の器具、生活用品、食料、水すべての必要な物資が届かなければ避難されているかたの命にかかわります。先日人工透析のチューブがない、といっていましたが、ご老人達の薬もない状態です。これに関連して、輸送手段、経路の確保をもっと早くやらないと、物資が止まっている、という話もあります。テレビのレポーターが避難所にいけるのに何故物資が止まるのか。そのリポーターやカメラマンはもてるだけの物資を持って避難所に入っているのか、甚だ疑問です。随分前から、現地からはいろいろ必要なもの、足りてないものの情報は入ってますし、借に情報がなくても”想像”すれば何が必要か持っていけますよね。「自治体の要請がないと物資が遅れない」とかわけのわからない話がありましたが、国主導で、そういう面倒な手続きを省けませんかね。

3:原発の対応。これは命がけでやられておられる方々に頭が下がります。”冷却する”ことが最大のテーマですが、ここからは祈るしかありません。風向きが非常に鍵を握ると思います。最悪のケースが起きて、しかも極端に風が強ければ(例えば上空で40m/秒)、2時間で関東にも到達することだってありえます。前に書きましたが、今はまだ最小限というか、現場の方の命がけの尽力でなんとかなってます。ホントに頭が下がります。

海外にいる日本人の方はきっとみな同じだと思いますが、すごくすごく心細いです。でも日本にいる方、特に被災されていらっしゃる方々のお気持ちを察するともっと胸がつまります。

安否がわからないため、愛する人のたった一言の言葉を聞くために被災地の固定電話に何時間もならんでいらっしゃる方々の心中を察するととても胸が苦しいです。それだけ待って相手の声が聞ければよいのだけれども、電話が繋がらない場合も多いと思いますし、そういうときの心理状態は想像を絶する様々な感情が複雑に入り乱れていると思うと、やるせない気持ちで一杯になります。

これ以上の災害、被害が出ないよう、心から祈っています。

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