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2011年3月 9日 (水)

「何故?」より「なんのために」

日ごろ仕事の中で問題が生じると、「何故?」という風に原因を掘り下げて、問題解決への糸口を探りますが、場合によっては、「何故?」と考えるより、「何のために?」と考える方が大切だということに気付かされてました。

先日洪水の影響を、うちのビジネスも少なからず受けたわけですが、昨今からの外的要因などとあいまって、結構やりくりに四苦八苦してます。

こういう状況のときは、「何故?」と考えても結局洪水のせいにしたり、国の移民制度の問題に責任転嫁したり、他罰的になったり時には自罰的になったりして、心の健康面によい影響を与えないばかりか、悩み続けたりしちゃうんですよね。

でもそんなとき、例えば、「何のために」今試練が訪れているのか、と考え直せば、「自分の成長のため」とか「新たなマネジメントの知識、可能性の発見のため」などというように、「これも貴重な経験で勉強のうち」などと考える余裕もでてきて、これからどうやっていくのがいいのか、というアイデアや方法が見つかったりします。

ひょっとしたら、これって人間関係の悩みとか将来への不安とか、そういった問題を考えていく上でも大事なのかもしれない、と思いました。

「何故?」という切り口で、「何故、あの社員はああいう態度なのか」とか「何故あの人はこそうなのか」などを考え始めると、悪い方向にいってしまうように思います。

一方、「何のために」、と考え始めると、”こういう社員とうまくやっていけるようになれば誰とでも仕事をやっていける”、とか「自分のマネジメントスタイルを見直すいい機会」という風に、なんか前向きに捉えられ、心の健康にもプラスになるように思います。

いろいろ悩むときって「なんでだろう・・」「何故そうしなきゃいけないんだろう」とか「何故こうなってしまったんだろう?」ってついつい考えがちだし、だからこそ悪循環になって他罰的と自罰的な感情に押しつぶされたりしちゃうんだろうけど、”何のために”今、自分がそういう状況、環境に置かれているのか、そういう時期が来たのか、と考えれば、その苦しい時期や状況を素直に受け入れ、向き合って、そして、似たような体験、経験をしているであろう人の痛みや苦しみさえも受け入れることができ、そのおかげで前よりもやさしい人になれたりするのかもしれません。

たとえ時間はかかっても、”何故”より”何のために”と考え続けるようにすれは己と解決の糸口が見えるように思います。

最近、年を取る、ということと、年を重ねることの大きな違いが見えてきたような気がします。

どんなことにも無駄なもの、無駄な時間はないし、すべてのことにいろんな意味があるんだとあらためて感じます。

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