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2011年3月30日 (水)

復興支援チャリティーマッチ

今日の話題はこれに尽きます!

「キング・カズのゴール!」

http://www.youtube.com/watch?v=A7m2TGv6SwY

感動、という意味では今まで観たゴールで一番感動した。

彼の東北への祈りがこめられた最高のゴールだった。

それだけじゃない。遠い母国を想い、不安な毎日を過ごす俺のところにも勇気が届いた、マジありがとう!

間違いなくこの人は本物のKINGです。

2011年3月29日 (火)

被災地へ医療スタッフとして行ってこられた看護師の方のブログ

大親友KAZからあるブログのリンクが送られてきて、思わず仕事中にクリックして読み始めたらとてもでないけど平常心を保てなかったので、家に帰ってじっくり読みました。

被災地で医療スタッフとして尽力された看護師の方のブログです。読みながら、何度も胸が詰まる思いでしたが、ぜひ1人でも多くの方に読んで欲しい気持ちになりました。

http://blog.goo.ne.jp/flower-wing

自分も役に立ちたい、立とう、というのは自己満足ではいけない。自分を本当に必要としてくれている人のために自分は何が出来るのか、その究極の姿・形がそこにある、と自分はそう感じました。

2011年3月27日 (日)

ペットと人(被災地から)

被災地に関するの記事を読んでいてあらためてペットと人のつながり、というか一体感を感じる記事に出会いました。ここに2つの記事を紹介します。

<避難生活を支えるのは愛犬。車中泊続ける66歳>

津波で自宅を失った岩手県大槌町桜木町の無職、大平トワさん(66)は避難所の駐車場で車中泊を続けている。避難所にペットを連れ込むことはできないため、愛犬のマルチーズ、モモ(雌、5歳)と一緒に寝泊まりすることを選んだ。

「つらい体験や避難生活でも、モモは私を支えてくれている」と話す。

1人暮らしの大平さんは外出先で地震に遭った。激しい揺れに驚いて帰宅。留守番をしていたモモと、足が不自由な隣家の高齢女性を軽乗用車に乗せ、高台を目指して逃げた。  命からがらたどり着いた避難所で、日中に作業を手伝い、食料などの物資を受け取っている。

「モモちゃん、お仕事だからお留守番しててね」。

車を離れるときは必ず声を掛ける。  モモとの散歩は運動にも気分転換にもなる。エコノミークラス症候群を予防するため、医師に相談して体調管理に気を配る。「仙台市に住む長男が(モモを預かりに)来るまでは一緒にいたい」  

ペットを心の支えにする被災者は少なくない。近くの建築資材会社「南部屋産業」は、被災者が自宅の片づけをする間などの短時間に限りボランティアでペット犬を預かる。

小笠原正年代表取締役(64)は「『ペットは手放せばいいじゃないか』と言う人もいるかもしれないが、1人暮らしのお年寄りらにとっては大きな存在」と話している。

<愛犬、83歳女性救う。散歩コースと逆の高台へ>

東日本巨大地震による大津波で壊滅的な被害を受けた岩手県宮古市で、愛犬に命を助けられた女性がいる。

 津波襲来までの30分間、愛犬は興奮した様子で女性を高台にぐんぐん引っ張り、安全な避難所に導いた。

 女性は、海岸から約200メートルの同市田老川向(たろうかわむかい)に住んでいた赤沼タミさん(83)。メスのシーズー犬「バブ」と自宅の居間でくつろいでいるときに地震に襲われた。蛍光灯が消えると、バブはせわしなく走り回り、尾を強く振って鼻をクンクン鳴らしたという。

 赤沼さんが「散歩の時間にはまだ早いのに」と思いながら、玄関先で首にリードをつけていると、防災無線が大津波警報の発令を知らせていた。

 田老地区で900人以上の死者・行方不明者が出た1933年の昭和三陸地震を体験した赤沼さんが「避難しなきゃ」と玄関を開けると、バブも勢いよく飛び出し、いつもの散歩コースと逆の高台へ向かった。

 赤沼さんの歩みが緩むと、バブは振り返って歩みを促すようなしぐさを見せ、追いつくと勢いよく前へ出た。それを繰り返すうちに、自宅から約1キロ離れた避難所への急坂を一気に上りきっていた。

 振り返ると、歩いてきた道は津波にのみこまれ、自宅も濁流の中に。普段は散歩も嫌がるバブの行動に、赤沼さんは「津波を予知してたのかも」と不思議がる。

 バブは今、近隣地区の集会場で赤沼さんら住民約60人と避難生活を送る。12歳の誕生日にあたる23日には、お気に入りのピンクの服を洗ってもらい、うれしそうなしぐさを見せたという。

<以上、Yahooトピックスより抜粋>

今回の震災で、被災にあったペット、そして命を落としたペットの数は予想以上だと思います。助けようとしても助けれなかった命、それは飼い主を助けようとして、もしくは飼い主を置いていきまい、として亡くなったペットも多いと思います。なくなった犠牲者の方とともに、哀悼の意を表したいと思います。

2011年3月26日 (土)

1週間を振り返って

んー、いつも観ていたNHKのUpstreamが昨日の夜12時で終わってしまったので、生放送をみる手段がなくなってしまいました。多分ニコニコ動画とかあるんでしょうけどコメントがうざいので観る気がしません。ただ、おかげでというか、久しぶりに朝までぐっすり寝ました。

ここ1週間、原発絡みでいろいろ観てましたが、やはり政府や東電が希望的観測をもとに報告をするので、毎回事実がぼやかされる上に予測されるリスクが全く伝わってこないので相変わらず観ている側としては事実が掴みにくい。国民や被災地にいる方の目線に立ってないんですよね。

一方、例えば野菜や水の汚染に関しても、健康に害がないのならその場で政治家が野菜を洗って食べ、水道の水を飲むべきじゃないっすかね?

そうすればちゃんと乳児のところに水は確保され、外食産業やスーパー、そして消費者も混乱しなくていいような気がします。ぶっちゃけ中国産の農薬付けの野菜の方がよっぽど体に悪い気がするし、タバコ吸いながらミネラルWaterとか飲んでるやつがいるとぶっとばしたくなります。タバコの方が害だろうが。

ただ、放射能で土壌が汚れてしまえば今後の農作物にはもっと影響が出るし、放射能なんて風向き次第ではどこまでも飛んでいくので、今後野菜に限らずあらゆるところで制限値を超えるケースなんて出てくると思います。そのたびに毎回過敏になりすぎると、精神からくる病気や、栄養不足などから体調を崩しかねないと思います。

だからどうも”今すぐ”健康に被害は出ない、という言い方は嫌いです。むしろ不安になりますよね。

この数値であれば成人は大丈夫で全く影響はありません。どんどん食べてください(飲んでください)

って言えばいいでしょ。んで同時で食べて飲む。それをテレビでやってごらんなさいよ。アホなキャスターも含めてね。

だってこの値の水を一生のみ続けるわけではないじゃないですか。仮に汚染が向う何年に分かって計測されてもそのころには十分対策は採られ、飲み水も確保されているはずでしょう。国民に、”パニックにならないで”、といいながらパニックを引き起こしてますね。誰だって不安になりますよ、あんな声明や報道では。まずリーダーから見本をみせないとね。そういえば今の日本はリーダー不在か。

にしても原発に関するすべての事柄ですが、どうも煮え切らない部分がありすぎます。多分この2週間で自分なりにかなり勉強しからだと思いますが、初期対応、初期判断、報告、連絡、相談、対策、報道などなどすべてが疑問だらけです。どうしてそこまで保身にまわり、希望的観測しかしないのか。言い出したらキリがないですが、原因は津波だとしても、それ自体が想定外の規模だとしたら、想定外の問題が起こりうることを常に頭におかないといけないですよね。ちなみに3号機の建屋なんて他の比べ物にならないぐらい壊れてますよね。しかもプルサーマル方式で他の原発より事故のとき危険だと思うんですが、東電の報告から聞いたことないですよ、少なくとも俺は。つまり3号機の建屋がふっとんだ時点でかなりやばかったわけですよ。そういう緊迫感は東電や政府の会見を見ててもありませんでしたよ。

いらんとこでパニックを起こさせ、しっかり事実を知って対策をとっておかないといけない原発事故に関しては希望的観測で静かに少しづつ、確実に被害を拡大させているっておかしいですわ。

なので一人一人がしっかり状況を見極め、あらゆる情報からしっかりと判断する必要があると思います。幸いインターネットでWikiで調べられることは多いし、テレビで出てるようなYesマンの専門家でなく、客観的に分析をしている専門家の先生方のお話はYoutubeに結構アップされています。

そして、今はまだあまり報道されてませんが、経済は今後一層の混乱をきたします。うちのオフィスでさえ、あの大洪水で影響は受けましたが、観光、教育、飲食、炭鉱などほとんどにおいてここQLDでは被害があります。(もちろん復興に絡んで伸びているところもあります。ビルダーなどは相変わらず人手不足です)ただ、被災の規模は小さいし、放射能の問題もないので急ピッチに復興が進み、今ではほとんどが元通りに戻っています。

日本はオーストラリアなんかに比べて人口も経済の規模が違うので、停電や、そして放射能汚染を発端とする問題であらゆる産業が影響を受けると、その内お給料は払えなくなり、維持費も払えない、という会社が今後増え続けてくると予想されます。それは残念ながらしばらく続くかもしれません。例えば車が作れなければ、販売員だけでなく、下請けなどもすべて影響をうけます。人件費はどんどん減らさないといけないですし、それは会社の生き残りのために仕方ないと思いますが、それでも利益が確保できず、資金繰りに苦しめば破綻してしまいます。

インドネシアのテロ、東南アジアに広がったSARS、これは随分前のことですが、ここオーストラリアでも観光業をはじめかなりの打撃をうけ、2004年に入ってうちの会社も倒産してしまいました。

なので被災地に近い、遠いの問題ではないんですよね。

じゃ、どうすればいいか?

語学力や資格を持っている方はそれを最大限活かし、特になければどの産業が生き残るか、もしくはこういう状況だからこそ何が必要とされているのか、というのを見極めるしかないと思います。自分はどこで、誰に必要とされているのか、そしてそれに対して自分は何が出来るのか、これに尽きると思います。

2011年3月19日 (土)

被災者への呼びかけ

”強さ”とは何か、と考えた時、こういう人のことを言うのだ、とあらためて思う。

以下、被災者の1人でもある市職員の方が、

「負けないで」

と被災者に呼びかけた記事を抜粋しました。被災地ではこうやって被災者同士が励ましあって1日、1日がんばっているんだ、と思うと救援物資、そして1日も早く避難所から別のところに移れることを願って止みません。

ーー以下、産経新聞からの抜粋ーー

「大津波で妻と息子を失った市職員「負けないで」と被災者に呼びかけ

「苦しいけど 負けないで! 名取市職員 S」

東日本大震災で大津波が押し寄せた宮城県名取市の市役所玄関ガラスにこんなメッセージが書かれた紙が張り付けてある。書いたのは名取市職員、西城卓哉さん(30)。津波で最愛の妻、由里子さん(28)が行方不明になり、8カ月の長男、直人くんを失った。自分と同じくかけがえのない家族を失った人たちは多い。それでも精いっぱい生きてほしい-。そんな思いを込めたという。

3月11日。激しい揺れを感じた西城さんはすぐに、職場から由里子さんの携帯電話を鳴らした。一瞬つながったが声を聴けず、途切れた。すぐに市役所は地震で大混乱、職員としてさまざまな対応に追われ、気が付くと12日未明になっていた。ようやく自宅マンションへ戻ると、エレベーターは止まり、泥に足をとられた。部屋に入ると、2人の姿はなかった。近くの由美子さんの実家へ向かった。

毛布、食料、紙おむつ…。寒さと飢えをしのげるよう紙袋に目一杯詰め込んで、必死に歩いた。「あとは、2人を見つけるだけ」。しかし、周辺に原形をとどめる家はほどんどなく、がれきの山だ。ひょっとしたら、がれきの下敷きになっているかも知れない…。由美子さんの実家を目指しながら、一晩中捜した。しかし、実家も建物はなくなっていた。

翌日夜、由里子さんの母親とようやく出会えた。自衛隊のヘリコプターに救出されたのだという。憔悴しきった義母は「2人とも流された。どこにも姿がないの…」という。絶望的な気持ちになったが、わずかな望みを信じ捜索を続けた。

しかし、直人くんとみられる遺体が安置所にあると聞き、15日夜、身元を確認した。「肌着も服もよだれかけも、妻が好んで着せる組み合わせだった」。安置所で死亡届を出すと居合わせた同僚職員が泣き崩れた。

職場の後輩だった由里子さんと出会ったのは3年前。「誠実で信頼できる人」と一目で直感し、6月14日の由里子さんの誕生日にプロポーズした。昨年7月には直人くんが生まれた。幸せだった。デジタルカメラには、3人で迎えた最初のクリスマスの写真が保存してある。今年2月に撮影した1枚は3人で写った最後の写真。眺めていると、さまざまな思い出があふれてくる。

それでも西城さんはメッセージを書いて、市役所玄関ガラスに貼り付けた。

 『最愛の妻と生まれたばかりの一人息子を大津波で失いました。いつまでも二人にとって誇れる夫、父親であり続けられるよう精一杯生きます。被災されたみなさん。苦しいけど 負けないで!名取市職員 S』

地震発生からちょうど1週間の18日午後2時46分、西城さんの職場でも黙祷を告げるサイレンが鳴り響いた


ーー以上産経新聞よりーー

2011年3月18日 (金)

日本にいる両親

母親が、昨日買い物で出かけないといけない、というので心配していましたが連絡がつかなくなり、今朝ようやく電話で話せたので事情を聞くと、

「停電の時間がわかりづらく、イトーヨーカドーでアナウンスが流れて始めて勘違いしてたことに気がついてあわてて買い物して戻ったけど結局間に合わなくて、玄関で3時間以上じっとしてた。夜片付けをしてたら疲れてメールをチェックせずに寝てしまった。」

とのことでした。今、東北電力でも同じようにグループ番号を使ったり、テレビで停電は見送った、などの報道で混乱していたみたいです。うちの母親は極度の潔癖症なので停電と同時に玄関から家に上がることができなくなり、いつともなく3時間以上じっと心細く玄関で待っている姿を想像するとなんともいえない気持ちになります。

ケータイと言っても、母親は持ち歩くのではなく、家に置いてます。要はメールのやりとりのためだけに持たせています。外で使うと汚れる、というので家に置いているわけです。

うちの両親はインターネットは全くわからないので、ケータイのメールにしっかりと計画停電の日時と時間をわかりやすく送ったところ、

「これで安心。ありがとう」

と嬉しい返事が帰って来ました。うちの両親は70をすぎており、ケータイのメールを打つのがやっとです。でもそれが命綱になっています。最近漢字も間違えず打てるようになってきました。

もし同じように高齢のご両親がいらしたら、テレビに頼らず、このようにケータイのメールなど、最善の方法でに逐一送ってあげるほうがいいかもしれません。被災地の方々の場合、こういった連絡もままならないと思うと胸がいっぱいになります。

一応東京電力の計画停電に関するヤフーのリンクを貼っておきます。http://setsuden.yahoo.co.jp/schedule.html

さて、日曜日のブログで、原発に関して、希望的観測に基づいた日本の報道とシビアで客観的な事実に基づいた海外の報道との違いを書きましたが、あれからご存知のように悪い方に進展しております。連日勇気のある作業員、そして現場に向かっていらっしゃる勇士の姿に心を打たれておりますが、被災されている方、及び今日本にいる方は”知る権利”があり、今回の原発事故に関する情報がしっかりと開示されていないように思います。

避難されている方も、何故、どういうことが予想されるからどこまで避難しないといけないのか、というのが理解できていたら、もっと遠くに逃げておられる方も多いと思います。

俺のような素人がいろいろ言っても説得力がないので、しっかり現状を分析し、今後起こりうるリスクについて言及されておられる、元東芝の原発の技術者の後藤さんの解説をしっかりとお聞きいただき、しっかりと自分で考え、判断していただくことをお勧めします。

30分と長いので、せめて最後の10分ぐらいでもいいと思うので少しでも興味のあるかたは観て下さい。(最初の時間は既に報道でも明らかになっている部分です)

3月17日福島原発の現状と今後予想される危険

http://www.youtube.com/watch?v=etcASxPNzeU

17日の解説なので少し前ですが、非常に現状を詳しく説明してくださり、おそらく東電も政府をしっているけど決して開示しない、今後の危険性を最後の10分以降に、ご指摘してくださっております。

ちなみに不安をあおるような、想像だけのデマは最低です。流す情報のそこにどれだけの根拠があるか、ということがおそらくデマか、デマでないかの分岐点だと思いますが、その根拠になりうる部分は、報道を見ているだけでは不十分で、自分から情報を取りにいって、勉強しないといけません。そうでないと逆に変に不安になったり想像したりしてしまうと思うからです。

今の政府は「情報の透明性、すべて開示」とうたっていますが、たしかに現状わかりうる状況は官房長官の会見を見ててもわかります。ただ、問題は、会見までの状況報告、今の現状(放射能の数値)とか今後の対策程度の情報しか開示されていません。

なので結果的に対策が後手後手になっていても、視聴者目線では、”まだ大丈夫なんだ”とか”ちゃんと手を打っている”、と思ってしまい、これが間違った判断に繋がるような気がしてなりません。

上でも述べましたが、当初の時点で、福島原発から3キロ以上に避難勧告が出された方々に、本当の原発の状況、今後の危険性が伝わっていれば、今頃もっと遠くに逃げていたご家族は沢山いると思います。(例えば電源が確保できなくて冷却が出来ないのであれば、その時点でどれだけ危険な状況になりうるか、つまり今起こっているような状況が想像できたわけですが、そういった状況は我々にでさえ最初は開示されず、水素爆発の映像さえも当初は封印され、ようやく抑えきれなくなって状況を説明し始めた、というように感じます)

今のこの現状においては、たしかに20以上、30キロ圏内は屋内待機で間違っていないと俺も思います。でもそれは”今の時点では”ということです。

しかし、どう行動するかは、国民に決める権利があると思いますし、それは情報の開示の仕方にもよると思います。不安を煽るのではなく、事実を客観的に開示して、政府としての判断、避難勧告とは別に、個々がしっかりと考え、判断、決断をできる材料、そして選択肢があってこその民主主義だと思います。

これは何も被災地に関することでなく、300キロ離れていても500キロ離れていても同じです。都会で停電や交通の混乱で嘆いている方々の映像を見ると、原発の危機感を全く感じません。

突然100キロや200キロ圏外に避難勧告が出されたりしたとき、

そんなに危険とは知らなかった

こんなことになるとは聞かされていない

という風になるのが一番アンフェアーだと思います。リスクは分かった上で、それなりの対策をしていれば、突然の避難勧告にも比較的冷静に行動できると思うのは俺だけでしょうか。

また、ことの重要性がしっかり伝われば、不要不急の外出が減り、節電にも役立つのではないかと思います。

たしかにブリスベンの大洪水の時、かなり細かい情報が早い段階で開示されたのでそれはそれで不安でしたが、どういう心構えで、どう行動したらいいか、そういう準備ができたのも事実です。

会社を半日で閉め、全員を無事家に帰れるうちに帰宅されることができたのもそういった情報をおかげです。(実際ブリスベン市内が水没したのは2日後です)

余震は別して、11日の大地震に関しては過ぎてしまったことですが、こと原発に関しては、今の時点でもっと知っておかないといけないことがあるように思えてなりません。前回のブログで書いたプレートの話とは別で原発の問題は、日々一刻一刻確実に進行しています。1年後とかではなく、専門家なら最悪の時期も想定しているかもしれません。

当初、津波で電力が絶たれた時、東電も政府も今起こっている状況、そして後藤さんが解説されているような今後のリスクは当然把握していたはずです。でもそういうことは起こらないだろう、そこまでいかないうちになんとかなるだろう、という希望的観測があったに違いありません。でなければ危機意識が低すぎます。政府も東電からの報告がどうとかこうとかでなく、専門家の知識を借りて起こりえるリスクをすべて把握するべきです。東電の報告が遅い、とか悪いとは言っても始まらんのですよ。どう、情報を集めるか、というトップの人間の姿勢次第だと思います。

それに東電のお偉いさん方の記者会見を見てても彼らが本当に状況を理解しているとは思えません。現場の切迫した状況からの報告を断片的にうけて、それを伝言ゲームのように会見をしているわけですから。

今になっていろいろ”想定外”のことが起きてますが、今後も政府の思う、”想定外”のことが起こらない保障はありません。なので想定外をしっかり想定して各自でしっかり考えて、準備、対策を行なって欲しいと思います。(もちろん報道は役立ちます。でも規制がかかっているであろうことは忘れてはいけません。それは悪意ではなく、むしろ国民を不安がらせないためだと思ってます。)

原発のことは勇士の方々に任せるしかありません。それはもうそれしか打つ方法がないんですよね。ただ、それでも放射能が強くて近づけない状況になるつつあります。電力が戻ってポンプが機能する保障がありますか?そこで政府が東電に責任をなすりつけても起こってしまった結果は変わりませんので各自でしっかり考えていただいた方がいいと切に思います。

2011年3月17日 (木)

3つのプレートと余震の関連性

ここのところ、会社にいても家にいても夜中でも、ネットの記事とNHKの放送に釘付けです。

ブリスベンの大洪水のときは、自分で状況を目の当たりにしているし、状況を随時把握できるのと、一過性のものなので、一度被災したらあとは復興へのプロセスに集中できるのでここまでテレビを続けて見ることもありませんでした。

今回は日本、という母国で起こり、自分はここから見守るしかない、というとってもとっても歯がゆい気持ちをどうしたらいいのか自分でもよくわからなくなります。地震速報などが入ったり、原発の状況が悪化するたびに愛する人たちのことが心配で心配でたまらくなります。

昨日の夜は、ご飯がたっぷり入っているにも関わらず、「ふりかけかけてちょー」と鳴く愛猫じぇりーに、”被災しているペット”がどれだけ大変か、と思わず語りかけてしまいましたが、本人にわかるはずもありません・・。

さて、先日書きました”想定外を想定する”ということの重要性の意味であえて今回書きます。

気になるので自分でいろいろ調べたりしてますが、今回の東北沖のM9.0は太平洋プレート上にあって、同じプレート上のニュージーランドの地震と関連している可能性がある、というお話は専門家の方もいっておられました。

千葉沖に、この太平洋プレートから分岐して、富士山に向かって走るフィリピン海プレートというのがあり、千葉沖で起きてる群発は、ここが”ひずみ”のバランスをとろうとしているために起こっているのかな、と見えます。

そしてそのフィリピン海プレートは丁度富士山の辺りでユーラシアプレートにぶつかり、そのユーラシアプレート上にある長野や新潟で群発が起こっていることを考えると、説明がつきます。

先日の静岡の大地震も、このフィリピン海プレートユーラシアプレートの交わっているあたりで起こっています。そしてそのすぐ上に富士山がある、という事実です。

いろいろ読んでた記事の中で、名古屋大地震火山・防災センターの鷲谷教授は実際に、「富士山は宝永の大噴火から約300年が経過し、いつ噴火してもおかしくない。今回の地震が引き金になる可能性もあり、推移を注意深く見ていきたい」と話しています。

ただ、プレートやこの火山に関してもどれだけのストレスをどれだけの期間ためこんでいるのか、というのは専門家でもわからないらしく、近い将来かもしれないし、2ヶ月とか、半年、もしくは1年とか経って人々が忘れかけているときに突如牙をむく、ということも考えられます。

もちろん気象庁を始め、不要な不安を招くことは避けたいのでこういった可能性に関しては言及してないですが、上記の3つのプレートと、東北、千葉沖、静岡、長野の余震の位置を重ねあわせるとその関連性や因果関係はすべて説明できると思います。

こっちではNHKしかほとんどみないのでひょっとしたら他の民放ではこうした話をしているのかもしれませんが、少なくともNHKでは触れていないと思います。

実際、今、国をあげて取り組まなければいけない最優先事項は;

1:孤立されている方々などの救助。今だに救助されている方がいるのできっとまだ助けが来るのを信じて待っている方がきっとどこかにいると思います。

2:避難所への物資の輸送。医療関係の器具、生活用品、食料、水すべての必要な物資が届かなければ避難されているかたの命にかかわります。先日人工透析のチューブがない、といっていましたが、ご老人達の薬もない状態です。これに関連して、輸送手段、経路の確保をもっと早くやらないと、物資が止まっている、という話もあります。テレビのレポーターが避難所にいけるのに何故物資が止まるのか。そのリポーターやカメラマンはもてるだけの物資を持って避難所に入っているのか、甚だ疑問です。随分前から、現地からはいろいろ必要なもの、足りてないものの情報は入ってますし、借に情報がなくても”想像”すれば何が必要か持っていけますよね。「自治体の要請がないと物資が遅れない」とかわけのわからない話がありましたが、国主導で、そういう面倒な手続きを省けませんかね。

3:原発の対応。これは命がけでやられておられる方々に頭が下がります。”冷却する”ことが最大のテーマですが、ここからは祈るしかありません。風向きが非常に鍵を握ると思います。最悪のケースが起きて、しかも極端に風が強ければ(例えば上空で40m/秒)、2時間で関東にも到達することだってありえます。前に書きましたが、今はまだ最小限というか、現場の方の命がけの尽力でなんとかなってます。ホントに頭が下がります。

海外にいる日本人の方はきっとみな同じだと思いますが、すごくすごく心細いです。でも日本にいる方、特に被災されていらっしゃる方々のお気持ちを察するともっと胸がつまります。

安否がわからないため、愛する人のたった一言の言葉を聞くために被災地の固定電話に何時間もならんでいらっしゃる方々の心中を察するととても胸が苦しいです。それだけ待って相手の声が聞ければよいのだけれども、電話が繋がらない場合も多いと思いますし、そういうときの心理状態は想像を絶する様々な感情が複雑に入り乱れていると思うと、やるせない気持ちで一杯になります。

これ以上の災害、被害が出ないよう、心から祈っています。

2011年3月15日 (火)

想定外を想定する

人間の心理として、例えば東電や政府の見解として、想定内になんとか収めたい、と思うのは当然だと思います。

ところが少しづつ確実に”想定外”のことが起こりつつあります。

直前にパニックにならないために、この想定外、という状況下を覚悟して準備、対策をしておくことはすごく大切だと思います。

今回の災害に限らず、例えば出張先や旅行先のホテルで必ず非常口を意識的に確認し、火事などがあったときの脱出経路をイメージしておくとか、高速道路を走っている時に「あのトラックのタイヤがパンクするかもしれない」と警戒しながら追い越しをかけるか、などなどちょっとした「かもしれない」感覚は日ごろから大事だと思います。

そのことによって事故を回避できたり、比較的落ち着いて対応できたりします。

今、一番を気をつけなければいけないのは;

1:大規模地震(余震)

2:原発の事故の悪化

だと思うんですが、日曜日のブログで放射能に対する対策は書きましたが、もし原発で今度さらに”想定外”のことが起こり、大量の放射能が放射され、風向きが自分達の方向に向いていたとした場合、例えば上空で10メートル/秒の風が吹いていたとすると、

1秒=10メートル

1分=600メートル

1時間=36キロ

となり、例えば300キロ離れたところに住んでいても

約8時間ちょっと

で到達することになります。実際地上レベルの風速は3~5m/秒だと思いますけど、上空はもっと早いですよね。

仮に放射能が来ることがわかって、家でしっかり対策をしていても、そこに

直下型の地震

がくるかもしれません。こう考えると、放射能の危険性を承知で外に避難しないといけないかもしれません。そのときになって、長袖の服や帽子を探したり、マスクをひっぱりだしてもパニックになってますからそう簡単には見つかりません。

でもある程度、最悪な状態をイメージするだけでそれに備えて「こうしておこう」「これをここにおいておこう」とか考えて、そのように準備もできると思います。

災害のときはこれぐらい考えてもOKだと思います。

余震が減ってきたから、という根拠で大規模地震の確率を下げた情報を見ましたが、正直そんな予想は全くあてにならないと思います。

あくまでもいつまたでかいのがきてもおかしくはなく、内陸で起こっていることも考えると、この地盤の不安定さが他の要因を誘発することもあると思うので警戒は絶対必要です。

2011年3月13日 (日)

原発放射能漏れ、各個人で対策は今からやっておく必要あり

福島の原発、しっかりとその動向に注目しないといけません。1号機、2号機に続き、3号機も冷却機能を失い、緊急事態報告を政府に行なっています。

ということは、少なくとも福島にあるすべての原発が今後も危険にさらされていく、と言っても決して過言ではないと思います。

ここ、オーストラリアと日本のニュースを同時に観てて感じることは、海外ではこの原発に対する危機意識をストレートに報道しているのに対し、日本のメディアはかなり規制を行いながら、というか気を配りながら報道しているように感じます。

それはそれで両方正しく、特に日本国内の場合、例えば被災地の死者の映像を決して流さないように配慮するのと同じく、原発の問題も不要に不安をあおるようなことをできるだけおさえているからです。

実際、電力会社の方々などの作業員の皆様が命がけで原発の施設内で今でも戦っているから、この最小限の状態に収まっているように思います。まさに彼らはヒーローであり、尊敬に値する勇気を持った方々です。被爆しながらというというか、最初から被爆覚悟で必死の作業をされ、そして今でも命がけで続けられていることだと思います。

ただ、同時に、国民の一人一人が今後の放射能漏れのリスクをしっかり知って、予防とか対策とかをしっかり今から行なうことも、直前にパニックを起こさないために大切かと思います。

心配しすぎてパニックになるのはよくないですが、こういう災害時は「大丈夫だろう」と楽観的に捕らえるのではなく、「~かもしれない」と常に最悪を想定したながら、例えば「深刻な事故が近い将来起きて、さらに放射能汚染が広がるかもしれない」と考えて、冷静に行動をとることが大切かと思います。

つまり心のバランスの取り方、ともいえますが、よくないのは不安に思っているだけで、何も行動に起こさないこと。例えば家にいても、

いざというときの避難シュミレーション

を考えておくだけでも行動を起こしている証拠です。その際は、家族間での役割も明確にしておくといいと思います。

誰が何を持って、誰が何をしてからどこに逃げる、というようなメモを書いて、みんなで話し合っておくというようなことです。例えば、ガス栓やブレーカーは誰が締めて出るのか、などです。

それを書き出していて避難グッズで足りないものがあれば、今の時点ですぐに補充しておく、という行動に出ることもできます。パニックになると考えられなくなるので、今、こういう計画、準備をやっておくことが大切だと思います。

俺がここの大洪水の時に、何よりも最優先で動物病院で開いているところを探して、愛猫用の泌尿器系の特別フードを買いに行ったのはそのためです。逃げるときのシュミレーションもしましたし、常に愛猫のグッズはまとめ、じぇりーの居所を常に把握しておくように努めていました。(基本的に俺の傍にべったりくっついてましたが・・)

さて、放射能に関しては俺は全くの素人なのでいろいろなサイトを調べることをお勧めしますが、一例としてNHKのサイトを貼り付けておきます。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110312/k10014629021000.html

万が一、リンクが開けないときのために以下、文章をコピーしておきます。

ぜひ参考にして、いまから隙間を防ぐためのテープやマスクなど防災に必要なグッズを揃えて家族がわかるところに置いておくなどの対策をしておくと安心かと思います。

<以下、NHKニュース、”放射能漏れ、何に注意が必要か”の引用>

原子力災害が起きて、施設の外に放射性物質が漏れ出た場合、何に注意すればよいでしょうか。まず、今回は、放射性物質がどのように敷地の外に漏れたのかや、どのくらいの量、漏れたかなど詳しいことは何も分かっていません。このため、国などが避難指示で示した施設からの距離よりも遠い場所に避難することが大切です。

福島第一原発の場合、新たに20キロよりも遠くに避難する指示が出されたため、状況がはっきりするまでは20キロよりも遠くの場所に避難するとともに、できるだけ建物の中にとどまり、外に出ないことが望まれます。原子力発電所から放出される放射性物質は、ヨウ素や希ガスといった気体のような状態で出るため、これらの物質から出る放射線からの被ばくを防ぐ必要があります。

そのため、室内にいる場合は、ドアや窓を閉めたうえで、換気扇やエアコンなどを止めること、一方、屋外にいたり避難で移動したりする場合は、マスクをしたりタオルやハンカチを水でぬらして口や鼻を覆うと、放射性物質の吸い込みを防ぐ効果があります。また、服装は皮膚の露出をできるだけ抑えることが大切です。

さらに、呼吸や食べ物によって体内に放射性物質を取り込む「内部被ばく」も防がなければなりません。「内部被ばく」では、体内に放射性物質が蓄積されると、長期間にわたって放射線の影響を受けることになり、注意が必要です。

<以上、NHKニュースより>

2011年3月12日 (土)

海外から心配されている方へ

海外に住んでいて、日本にいる大切な人たちのことが気になっている方はかなり多いと思います。

インターネットで、NHKが見れますのでこのリンクを載せておきます。

Ustream」 (http://www.ustream.tv/channel/nhk-gtv

愛する人、大切な家族や友人が日本にいるのに自分は助けにいけない、そんな気持ちで歯がゆい思いをしています。

2011年3月 9日 (水)

「何故?」より「なんのために」

日ごろ仕事の中で問題が生じると、「何故?」という風に原因を掘り下げて、問題解決への糸口を探りますが、場合によっては、「何故?」と考えるより、「何のために?」と考える方が大切だということに気付かされてました。

先日洪水の影響を、うちのビジネスも少なからず受けたわけですが、昨今からの外的要因などとあいまって、結構やりくりに四苦八苦してます。

こういう状況のときは、「何故?」と考えても結局洪水のせいにしたり、国の移民制度の問題に責任転嫁したり、他罰的になったり時には自罰的になったりして、心の健康面によい影響を与えないばかりか、悩み続けたりしちゃうんですよね。

でもそんなとき、例えば、「何のために」今試練が訪れているのか、と考え直せば、「自分の成長のため」とか「新たなマネジメントの知識、可能性の発見のため」などというように、「これも貴重な経験で勉強のうち」などと考える余裕もでてきて、これからどうやっていくのがいいのか、というアイデアや方法が見つかったりします。

ひょっとしたら、これって人間関係の悩みとか将来への不安とか、そういった問題を考えていく上でも大事なのかもしれない、と思いました。

「何故?」という切り口で、「何故、あの社員はああいう態度なのか」とか「何故あの人はこそうなのか」などを考え始めると、悪い方向にいってしまうように思います。

一方、「何のために」、と考え始めると、”こういう社員とうまくやっていけるようになれば誰とでも仕事をやっていける”、とか「自分のマネジメントスタイルを見直すいい機会」という風に、なんか前向きに捉えられ、心の健康にもプラスになるように思います。

いろいろ悩むときって「なんでだろう・・」「何故そうしなきゃいけないんだろう」とか「何故こうなってしまったんだろう?」ってついつい考えがちだし、だからこそ悪循環になって他罰的と自罰的な感情に押しつぶされたりしちゃうんだろうけど、”何のために”今、自分がそういう状況、環境に置かれているのか、そういう時期が来たのか、と考えれば、その苦しい時期や状況を素直に受け入れ、向き合って、そして、似たような体験、経験をしているであろう人の痛みや苦しみさえも受け入れることができ、そのおかげで前よりもやさしい人になれたりするのかもしれません。

たとえ時間はかかっても、”何故”より”何のために”と考え続けるようにすれは己と解決の糸口が見えるように思います。

最近、年を取る、ということと、年を重ねることの大きな違いが見えてきたような気がします。

どんなことにも無駄なもの、無駄な時間はないし、すべてのことにいろんな意味があるんだとあらためて感じます。

2011年3月 4日 (金)

いや~ん

えっと

えっと

・・・

iPadが当たりましたっ!!

実はうちの会社が新しい顧客データシステムを導入するんですが、本社がその愛称名を募集してたんですよね。んでそのネーミングが採用された社員にはiPadを贈呈、というキャンペーンでした。

うちの会社、約30カ国、80支店ぐらい展開してて、全スタッフが対象だったので当たらないと思って最初は応募しなかったんですよね。

でも愛しの姫が欲しがっていたし、最終日に再度応募締め切りのEメールが来たので、とりあえずノミネートだけしておきました。もちろん何故、そのネーミングが新しいシステムにふさわしいのかを英文できっちり書かないといけませんでした。

2週間前ぐらいの出来事で、そんなことも忘れかけていた今日、優勝者が発表されたんですよね。

選考にあたっては社長以下、役員会議で絞りに絞って最優秀を決めた、みたいな結構気合の入った選考だったみたいですが、Winnerのとこにすんげー見覚えのあるネーミングと、俺の名前が・・・。

もう1人、ベトナムにいるスタッフも同じ名前を考えたらしく、そのベトナム人スタッフと2人で受賞となりました。

さすがにだからといって半分には割らんだろ。

「モニターの部分と、裏のマックのロゴが入ってる部分、どっちがいいですか」

ってメールが来たら、つっこみを考える方がよっぽど難易度が高いです。

こっぱずかしいのが、すんげー繁忙期だったのでそのころ、スタッフに連日業績の話ばっかりしてたんですよね。しかも洪水などの影響であまり結果が思わしくない中、先日の予算会議で来年度の予算編成に向けたプレゼンも行なったり、すんげー多忙だったんですよね。

んで”Winner”として全社員に大きく発表されたもんだから、うちのスタッフから速効、

「おめでとうございます!!!(ちゃっかりノミネートしてたんですね)」

みたいな括弧の部分が聞こえてる気がしてならないんですよね。

思わず、「いやー、みんなは応募したの?」なんて聞いちゃったもんだからやぶへびで、全員口を揃えて

「いやーしませんでした・・。(忙しくてそれどころじゃなかったですから)」

みたいな括弧がまたくっついてる気がしたね。

上席からもすぐメールや電話があって

「おめでとう!!(ちゃっかり応募してたのね)」

んでつい先日顔をあわせた他のオフィスのマネージャー達からの電話やメールにも

「いやー、業績が思わしくないってプレゼンで落ち込んでたから心配してたけど、よかったね、おめでとう!!!(忙しさ、すんげーアピールしてたけど、ちゃっかり応募はしてたのね)」

という語尾の括弧がつきまといます。

この際なので開き直りますが、ノミネートには5分もかからなかったんだよね。だって新しいシステムに相応しい名前をかいて理由書くだけだもん。

それと早速気になるんですが、さすがに聞けない一言。

2出ますけど、そっち貰えるんですかね?

2011年3月 3日 (木)

映画の予告編

Kazが日本から持ってきてくれたいろんなDVDの中で、さっき北野武監督の「Outrage」を観たんですよね。

好き嫌いはあると思うんですが俺はストーリーがちゃんとひねってあって好きでしたね。

そうそう、日本で発売されてる映画のDVDのいいとこって映画の予告が結構入ってるんですよね。このDVDにも「孤高のメス」とか「おにいちゃんの花火」とか結構いい感じの映画の予告が入ってたんですが、途中でのっけから

”リング”の製作者が送る

とか

今世紀最大の恐怖

とか

ホラーの決定版

みたいなテロップが入って”ぎゃー”ってなって慌ててこいつを飛ばそうとPS3のコントローラー探したら、

・・・

・・・

・・・

ズー(じぇりー)の下かい

何故PS3のコントローラー抱えて寝てるかな

しかもコントローラー2個あって、使ってない方もすぐそばにあるのに何故アクティベイトされてる方を押さえ込んでるのかなにゃん。

と、考えてる一瞬の間にも怖い映像と音響がガンガン鳴り始めたのでじぇりーの手の下のコントローラーを奪って映像を飛ばしましたが、たたき起こされたじぇりーは当然の如く

ガブッ

と報復攻撃。

いや、わかる、こっちも覚悟の上さ

ということで今、腕がじんじんしてます(泣)

今朝はゆっくりしよう

いつも飛行機は通路側に座るが、昨日の帰宅の便は3人がけに俺1人だったので、途中から窓際に座ってみた。

まだ明るかったので、地平線もくっきり見えたし、雲が創り出す様々な表情を見ていると結構飽きなかった。

にしても地球はでかい、世界は広い、あらためてそう思う。

やがて自然と日は落ち、あたりが完全に暗くなったころQLD州に入った。

俺の家はあそこかな、と思いながら少しづつと広がっていく蛍のような光を食い入るように見てしまう。

ブリスベンCityの夜景は一層光輝いていた。先日の大洪水があったことなんてすごく昔のように、むしろ何もなかったように輝いていた。

慌てず、ゆっくりとGozzを走らせる。

「早くより、”必ず”、と待つ猫がいる」そう何度も頭の中で呟きながら。

暗い玄関で、俺の気配を感じたのか、愛猫じぇりーが待っていた。

というより隠れていた、かな。玄関に置いてある装飾品から愛くるしく体半分が見えていたけど、本人は隠れていたつもりなんだろうね。

翌朝起きるといつも以上に頭の近くでじぇりーが擦り寄って寝てた。

んー・・・しばらく愛猫の横にいたいから会社は昼から出ることにした♪

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