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2008年6月27日 (金)

NOVAを語る パート2

んと前回の続きです。

ちなみに俺が血眼になって働いていたのは95年4月から01年の2月まで。約6年です。

2001年から昨年の経営破たんまでの6年間に何があったのかは詳しく知りません。あくまでも俺が働いていた時に知りうる社長の人物像と経営方針、社是、ビジョン、こういったものの延長線上で今を語っているに留まります。

ぶっちゃけ、どうしちゃったのよ

という驚きと失意、それと自分の思うところを書くことによって、自分の気持ちを整理しているにすぎません。

ま、ブログっすから独り言です

ちなみに社長のことは”本部長”って呼んでました。本人の希望でね。ただ、俺がしりうる限りは”さるはし”だったけどね。一説によるとある日いきなり

さはし

になったらしいけど、本人が”俺は「さはし」だ!”と言い出したそうな。

白を黒にし、黒を赤に変えるお人だったので驚かないけどね

なのでここでは”本部長”と呼ぶことにします。俺は彼のつくった社是、例えば

絶対ポジティブ

とか”論破すること”とかすんげー好きだったので新入社員のころから居心地はよかったです。俺にとっては自分のキャラを全面に出せて、自然体でいれるところが魅力でした。

そこに加えて、古い考え方や固定観念に縛られない会社だったので、俺が鹿児島にいたときに、

関東に戻りたい

とわがままをこねてもそれで評価が下がることもなかったです。入社してわずか1ヶ月ちょっとで九州の立ち上げ部隊の一人としていきなり辞令が出て、

九州で1年は覚悟しろ

なんて言われたもんだから、

いやです

ってずーっとだだこねてたのよね。もちろん本部命令だから辞令の2日後には鹿児島入りしましたけどね。

そんとき俺新入社員だし、まだ社会人としての常識とかそういうのがよくわかってなかったから、今思うと恐ろしいことを本部長にいってたなぁと思うんですが、2ヶ月で戻してもらえました。普通の会社なら

こいつは使えん

とレッテルを貼られるところでしょうけどそんなことはなかったです。その後も1年目の新入社員の成功例として新卒用のパンフに載ったり、企業パンフそのものに載せてもらったりと、かなり会社から愛されていたように思います。

ちなみに当時、九州から帰りたかった理由は”彼女と離れたくない”だったんですけどね。もちろん本部長にも言いました。”離れ離れはいやです”ってね。文字通り苦笑してましたけどね。

それで新卒用だの企業パンフに載っちゃうんだから型やぶりな会社でした、ほんと。

本部長とは何かある毎に、よく食事に行きました。もっといえば大阪での新入社員研修が終わった後、俺を含めた10名ほどが

企業案内用ビデオの制作プロジェクト

と題して2週間ほど大阪本社で居残ってビデオをつくっていたんですが、そんときも本部長と話す機会は多かったですし、先ほどの九州立ち上げプロジェクトの時もよく食事に行きました。新入社員の俺に熱く語るんですが、ほとんどは意味不明。

九州でクラウンを売っても売れない。カローラやカムリを売るんだ。

とかね。

俺ら車屋だったっけ?

とか思いましたけど、彼の言いたかったことは、”マーケットの違い、顧客層の違い”だったのよね。わかるかい、遠まわしすぎて。

でもね、そのときから、”ネットワーク、つまり電話代でいずれ英会話ができるようになる”とか、すんげー夢を持ってたのよね、彼。たしかに実現しました、お茶の間留学としてね。

つまり彼はできるだけ多くの人に、つまり通えない人にも、英語などのコミュニケーション力の習得の機会を与えたかったわけで、ある意味壮大なビジョンのもと戦略を練っては実行してました。

だけどすでに俺がいたころ、特に2000年前後から今の破綻に繋がる要素は一杯ありました。それは会社の体質もそうだし、恐ろしいまでに狂信的な社員によって構成された集団性格、そしてインターネットなどのインフラの変化、つまり外的要因など、明らかに、本部長が抱いていたビジョンにとってプラスになると同時にマイナスになる要因が増え続けてました。

ただし、外的要因以外は彼が創りあげたものだし、そう考えると今の状況は時間の問題だったのかも知れません。実際、彼の性格からして、今の状況は免れなかったとも言えます、悲しいことに。

っつてももう約7年経ってますからね、本部長のもとを卒業してから。(あえて卒業と書いているのは俺にとっては社会勉強に最適な環境だったからです)でもね、今の報道とかみてても、いい意味でも悪い意味でも”本部長らしさ”って伝わってきます。

例えば

っていう数字をこのまま見れば”六’に見えます。仮に報道により、見え方がこの角度からだとしても、俺には

の部分も見える、ということが言いたかったのです。つまりもし紙に「6」と書いて、地面に置いたとして、メディアが一方から報道すると、6にしか見えないんですが、角度を変えて反対からその紙をみると、「9」にも見える、ということです。さらに角度を変えると、

にも見えます。

報道、つまり今のメディアの情報だけだとかなり偏った見方しかできないと思います。

少なくとも俺は報道とは違う角度でこの問題を切りたいと思ってます。それを仮に”9”だとするならば、”の”の見方を出来る人もいるわけで、理想はすべての角度からこの問題を切れるといいんでしょうけどね。

本部長が行ったことが法に反しているのは事実。それに関しては彼は裁きを受けるべきです。しかしここまで彼を追い込んだもの、ここを見ずしては今度同じような社会現象が繰り返されるのは必死。因果関係を見ずして勝手に彼を判断して欲しくない、というのが正直な俺の気持ちです。

俺なりの分析はしてるので、次回はそこに触れたいと思います。

ちなみに目に見えている現象や結果に対して、その問題点と原因は大きく異なることがあります。

仮に

現象、結果=社長の逮捕。資金の不正流用=社長の人間性の問題=原因

としてしまうと、何も見えてきません。つまり問題である”社長”自身を原因としてしまうと本質を見失ってしまう、といいたいのです。彼の行動は間違いなく問題なんですが、その原因を掘り下げていくともっと様々な要因が絡んできます。もっと言えば今回の最大の問題点は

30万もの生徒+社員、講師

に多大な損害、被害を与えていることに他なりません。社長を逮捕して横領の真相究明しても、彼らの時間とお金がすべて返ってくるわけではないんですね。つまりこういう事件ってまた起こるんですよね。それをすべて社長の責任”だけ”にして、いかにも裁いたように見せかけてると、いつでもたっても根本原因が解決されてないことになります。

ぶっちゃけ日本の行政のあり方にも十分問題あるよ。もっと広げます、この話、たぶん。

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