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2008年6月30日 (月)

NOVAを語る パート3

いきなりタイトルとは無関係ですが、今朝インド人スタッフから

風邪引きました。休みます、ごめんなさい。

というText(メール)が届きました。んで今度会社に向かっていると もう一人のインド人スタッフから

週末の引越しで体がボロボロで動けません、すいません休ませてください

だって。うちの3人のスタッフのうち2人がインド人なんですが

お前ら二人とも休んでどうする

しかも月曜、インド人理解不能です。後者は男性スタッフなので

気合でこれるだろ、筋肉痛なら

みたいなことを間接的に伝えましたが、

無理です、ベットから起き上がれません

ってどんだけ運動不足だよ、あんた。しかも25歳と若いのに。

ま、ということで朝からバタバタしてました。今ランチ食いながら書いてます。

さて、NOVA編、もうどうでもいいだろ、という空気の中、俺の中の熱いものを出し切るまで書き続けます。冷めたらこのシリーズ終るけどね。

でも生徒さんや最後に残ってたスタッフや講師のことを考えると書かざるをえないっすね。しかし、ここで取り上げたいのは、本部長の責任以外の部分です。彼は刑罰を受けるので、制裁は受けます。ただ、社長の経営責任以外の根本原因の解明をしていかないと世の中これの繰り返しです。そのたんびに会社のトップが逮捕されて世間が納得してるようでは被害者は出続けます。

俺が真っ先に取り挙げたいのは行政の愚かさです。だいたい彼らにはビジネスモデルすら理解できてませんから。いい大学をいい成績で出て、経済庁とかのお役所にお勤めできても一般の会社勤めは愚か、”経営とは何ぞや”という部分がまるでわかってないように思えます。

切り口を一旦変えます。

皆さん、顧客満足度ってどれぐらいで”可”なのか考えたことはありますか?

俺も教育関係でサービス業っていう仕事をしている以上、マネージャーとして経営計画書に顧客満足度の目標値を挙げます。俺の”可”のライン、つまりボーダーラインは85%です

正直90%以上が理想ですが、85%以上のお客さんが、このオフィスで満足してくれていれば、”可”としています。

言い返れば、総数、つまり分母にもよりますが、100%など不可能、きれいごとだと言い切れます。ただ、もちろん100%を目指して最善を尽くしてこそ85%以上の数字は取れます。テストとおんなじっすね。100点狙って85点以上取れます。始めから85点ぐらいでいいや、と思って勉強したら70点ぐらいでしょ、とれて。

NOVAの経営責任、つまり本部長に問いたいのは”顧客満足度データ”を取っていたかどうか?もしこれが60~70%ぐらいまで落ち込んでいたとしたら問題だし、50%を切っていたら英会話業として存在価値は低いことになります。ラーメン屋なら別ですが。

こってりしたラーメンが好きな人もいれば嫌いな人もいる。食べてから残す人も半数いてもツボに入る人が入れば可でしょうね。

どうでもいいけど俺こってり系です

もちろん、”NOVAを語る”の1回目で述べた、”第2言語習得法”があわない、望まない方もいると思うので、NOVAのとってる授業形態への好き好きはあるとおもいます。ただ、入学前にそこは確認済みなので、入学後のサービスの”質”そのものがNOVAの顧客満足度に直結すると考えられます。(厳密には入学までの過程、つまり接客の良し悪しも入るとは思いますが・・)

俺が働いていた1995年~2001年までだってクレームはありました。でも全体からするとその数は10%~15%。言い換えればほとんどの人は”NOVAファン”と呼ばれ、楽しく通っていたと思います。CM戦略はたしかにすごいですが、この顧客満足度の高さ無しでは成長は考えられません。他の英会話学校もこぞってCMやってましたから。

さて、30万人の10%は3万人

30万人の15%は4万5千人

20%は6万人、です。

仮にNOVAが85%の顧客満足度を達成していても、甲子園の満員のお客さんに相当する数は不満ということになります。

実際、予約の取りづらさも昔からありましたけど、2003年ぐらいから極端に悪かった、とも聞いています。そうなると実際の顧客満足度は何%だったんですかね。

この質問、2007年の始めに、NOVAと経済企画庁がそろって即答できないといけない質問です。

仮に85%だとして話を進めます。実際はどんどん下降してたでしょうけどね。

でもね、85%って”可”のラインですけど絶対数は甲子園埋め尽くしてるわけです。

100人中15人ってのと、絶対数が4万5千という違いは無視できません。

しかし本部長はその絶対数を無視したに等しく、行政は85%という数字を無視したに等しい。

ちなみに満足している人は何人の人にその経験を話すのか。

不満や苦い体験をしたお客さんは何人の人にその体験を話すのか。

ここには一般的に考察され、証明されたデータが存在します。

次回はその辺から広げます、たぶん。

2008年6月27日 (金)

NOVAを語る パート2

んと前回の続きです。

ちなみに俺が血眼になって働いていたのは95年4月から01年の2月まで。約6年です。

2001年から昨年の経営破たんまでの6年間に何があったのかは詳しく知りません。あくまでも俺が働いていた時に知りうる社長の人物像と経営方針、社是、ビジョン、こういったものの延長線上で今を語っているに留まります。

ぶっちゃけ、どうしちゃったのよ

という驚きと失意、それと自分の思うところを書くことによって、自分の気持ちを整理しているにすぎません。

ま、ブログっすから独り言です

ちなみに社長のことは”本部長”って呼んでました。本人の希望でね。ただ、俺がしりうる限りは”さるはし”だったけどね。一説によるとある日いきなり

さはし

になったらしいけど、本人が”俺は「さはし」だ!”と言い出したそうな。

白を黒にし、黒を赤に変えるお人だったので驚かないけどね

なのでここでは”本部長”と呼ぶことにします。俺は彼のつくった社是、例えば

絶対ポジティブ

とか”論破すること”とかすんげー好きだったので新入社員のころから居心地はよかったです。俺にとっては自分のキャラを全面に出せて、自然体でいれるところが魅力でした。

そこに加えて、古い考え方や固定観念に縛られない会社だったので、俺が鹿児島にいたときに、

関東に戻りたい

とわがままをこねてもそれで評価が下がることもなかったです。入社してわずか1ヶ月ちょっとで九州の立ち上げ部隊の一人としていきなり辞令が出て、

九州で1年は覚悟しろ

なんて言われたもんだから、

いやです

ってずーっとだだこねてたのよね。もちろん本部命令だから辞令の2日後には鹿児島入りしましたけどね。

そんとき俺新入社員だし、まだ社会人としての常識とかそういうのがよくわかってなかったから、今思うと恐ろしいことを本部長にいってたなぁと思うんですが、2ヶ月で戻してもらえました。普通の会社なら

こいつは使えん

とレッテルを貼られるところでしょうけどそんなことはなかったです。その後も1年目の新入社員の成功例として新卒用のパンフに載ったり、企業パンフそのものに載せてもらったりと、かなり会社から愛されていたように思います。

ちなみに当時、九州から帰りたかった理由は”彼女と離れたくない”だったんですけどね。もちろん本部長にも言いました。”離れ離れはいやです”ってね。文字通り苦笑してましたけどね。

それで新卒用だの企業パンフに載っちゃうんだから型やぶりな会社でした、ほんと。

本部長とは何かある毎に、よく食事に行きました。もっといえば大阪での新入社員研修が終わった後、俺を含めた10名ほどが

企業案内用ビデオの制作プロジェクト

と題して2週間ほど大阪本社で居残ってビデオをつくっていたんですが、そんときも本部長と話す機会は多かったですし、先ほどの九州立ち上げプロジェクトの時もよく食事に行きました。新入社員の俺に熱く語るんですが、ほとんどは意味不明。

九州でクラウンを売っても売れない。カローラやカムリを売るんだ。

とかね。

俺ら車屋だったっけ?

とか思いましたけど、彼の言いたかったことは、”マーケットの違い、顧客層の違い”だったのよね。わかるかい、遠まわしすぎて。

でもね、そのときから、”ネットワーク、つまり電話代でいずれ英会話ができるようになる”とか、すんげー夢を持ってたのよね、彼。たしかに実現しました、お茶の間留学としてね。

つまり彼はできるだけ多くの人に、つまり通えない人にも、英語などのコミュニケーション力の習得の機会を与えたかったわけで、ある意味壮大なビジョンのもと戦略を練っては実行してました。

だけどすでに俺がいたころ、特に2000年前後から今の破綻に繋がる要素は一杯ありました。それは会社の体質もそうだし、恐ろしいまでに狂信的な社員によって構成された集団性格、そしてインターネットなどのインフラの変化、つまり外的要因など、明らかに、本部長が抱いていたビジョンにとってプラスになると同時にマイナスになる要因が増え続けてました。

ただし、外的要因以外は彼が創りあげたものだし、そう考えると今の状況は時間の問題だったのかも知れません。実際、彼の性格からして、今の状況は免れなかったとも言えます、悲しいことに。

っつてももう約7年経ってますからね、本部長のもとを卒業してから。(あえて卒業と書いているのは俺にとっては社会勉強に最適な環境だったからです)でもね、今の報道とかみてても、いい意味でも悪い意味でも”本部長らしさ”って伝わってきます。

例えば

っていう数字をこのまま見れば”六’に見えます。仮に報道により、見え方がこの角度からだとしても、俺には

の部分も見える、ということが言いたかったのです。つまりもし紙に「6」と書いて、地面に置いたとして、メディアが一方から報道すると、6にしか見えないんですが、角度を変えて反対からその紙をみると、「9」にも見える、ということです。さらに角度を変えると、

にも見えます。

報道、つまり今のメディアの情報だけだとかなり偏った見方しかできないと思います。

少なくとも俺は報道とは違う角度でこの問題を切りたいと思ってます。それを仮に”9”だとするならば、”の”の見方を出来る人もいるわけで、理想はすべての角度からこの問題を切れるといいんでしょうけどね。

本部長が行ったことが法に反しているのは事実。それに関しては彼は裁きを受けるべきです。しかしここまで彼を追い込んだもの、ここを見ずしては今度同じような社会現象が繰り返されるのは必死。因果関係を見ずして勝手に彼を判断して欲しくない、というのが正直な俺の気持ちです。

俺なりの分析はしてるので、次回はそこに触れたいと思います。

ちなみに目に見えている現象や結果に対して、その問題点と原因は大きく異なることがあります。

仮に

現象、結果=社長の逮捕。資金の不正流用=社長の人間性の問題=原因

としてしまうと、何も見えてきません。つまり問題である”社長”自身を原因としてしまうと本質を見失ってしまう、といいたいのです。彼の行動は間違いなく問題なんですが、その原因を掘り下げていくともっと様々な要因が絡んできます。もっと言えば今回の最大の問題点は

30万もの生徒+社員、講師

に多大な損害、被害を与えていることに他なりません。社長を逮捕して横領の真相究明しても、彼らの時間とお金がすべて返ってくるわけではないんですね。つまりこういう事件ってまた起こるんですよね。それをすべて社長の責任”だけ”にして、いかにも裁いたように見せかけてると、いつでもたっても根本原因が解決されてないことになります。

ぶっちゃけ日本の行政のあり方にも十分問題あるよ。もっと広げます、この話、たぶん。

2008年6月24日 (火)

NOVAを語る

バイトは別して、正社員として初めて働いた会社って誰にとっても印象深いですよね。

大学時代の就活を思い出すと特に何がやりたいんでも何を目指すんでもなく、いろいろ手探りでいろんな業界に資料請求したのを今でも覚えています。

就職先との出会いやつきあいは、よく恋愛に例えられたりすると思うのですが、俺にとってNOVAとの出会いはまさにそんな感じでした。もともと人生の最初の13年間のうち、9年間を海外で過ごしたこともあって、異文化コミュニケーションというキーワードはツボでしたし、実力主義で年齢や社歴に関係なく重要なポストを任されていく”4割任用人事※”というシステムは魅力的でした。※4割出来ていれば次のポストを任せ、あとの6割はポストが育てる、という考え方

当時古い考えの親父から、いろんな会社を薦められましたが終身雇用なんてのはさらさら頭になく、もともと30前に海外に移住するつもりだったこともあって、ユニークなNOVAにしました。今でも後悔してないし、俺にとっては”それで正しかった”といえます。

もちろん実力主義なので、馬車馬の如く半端なくハードな毎日でしたが、いろいろ勉強するには最高の環境でした。そんな中、大変世話になった当時の社長が事情聴取を受け、容疑が固まり次第逮捕される、という悲しいニュース。これには驚いたし、あえてここで俺なりの見解を述べたいと思います。

もともと彼の経営の根本にはシンプルなキーワードがあって、それは

「いかに安く、いかにいいレッスンを供給するか」

”いかに安く”の部分では、”出来るだけの多くの人に”という想いがあり、「英会話=高額」つまり1レッスンあたり5千円~1万円という相場の中、映画代程度の値段(2千円以下)で提供できないか、というテーマを掲げ、例えば店舗開発、インテリアなどを自社で手掛けるなど、徹底的なコストダウンと、薄利多売方式によって1レッスンあたり1500円前後という数字が実現。

”いいレッスン”の部分では、ネイティブによる少人数制へのこだわりがいい例。ちなみに、当時日本のほとんどの教育機関(義務教育、英会話など含めて)が、外国語教授法を取り入れていた中、NOVAは第2言語習得法を採用。

ちなみに前者は英語や中国語などを、”外国語”として捉え、日本語をかいして教えていくやり方。文法や構文などが中心となり、最終的な着地点はアカデミックな要素が濃い。つまり読み書き、読解が中心となる力がつく。俺らの世代のほとんどが中・高などの学校で慣れ親しんだやり方です。SVOCとかね。先生、講師と言われる人は日本人である必要がある、もしくは日本語に精通している必要がある、と言えます。

一方、第2言語習得法は、英語などを”第2のコミュニケーションツール”として捉えるやり方で目的は当然コミュニケーション力を習得すること。つまり身振り、手振りなどの非言語的なコミュニケーションの習得も含まれるため、ネイティブであることが不可欠。ぶっちゃけ幼児が言葉を覚えていくプロセスそのもの。

あくまでも考え方の違いであって、どっちが正しいとか誤ってるとかっていう問題じゃありません。

もっと簡単にいえば目的によって二つの方法があって、極端に言えば、前者は読み書き、後者は聞く話すが身につきますよ、ってことです。もちろんバランスっていうか比重の違いです。

ただ、後者の場合、クラスはコミュニケーションが取りやすい4人前後である必要があります。

つまり、”いかに安くいいレッスンを提供するか”を考えると相当なチャレンジだったと考えられます。

これを飲食業に置き換えるならば、

いかに安く、おいしい料理を提供できるか

ということになると思います。高くておいしいところはある。高くてまずいところさえある。安くてもおいしくなければいけない。つまり安くてもまずければ客足は遠のく。

俺は飲食業の正社員の経験もあるけれど、社長がよく

この味を毎日、同じに保つことが一番難しい

とつぶいやいていました。

つまり、”味=顧客の満足”を一定以上に保つ努力を日々してました。だから儲かってましたね、結果的に。

さて、今”結果的に”っていいましたけど、実際この考え方って大事だと思うんですよね、俺は。

NOVAの今日の姿をみて、あらためて思います。

顧客満足&社会への還元

これはビジネスをおこしていく人にとってはキーワードだと思うし、NOVAで言えば

顧客満足=いかに安く、いかにいいレッスンを

社会への還元=法人税の納付、雇用機会を増やす、国際競争力を高める、もしくは国際舞台で活躍できる人材の育成

という風に当てはめられると思います。

ところが先ほどの料理の例でいえば

まずい

注文がこない

注文と違う

サービスの質が落ちた

という状況を放置し続けたところにこそ最大の原因があり、行政処分がトリガーとなってレストランに客がこなくなった、と言えるでしょう。NOVAの場合、新規以上に「客離れ=解約」が致命傷になってます。

つまり、

いいもの提供する

だけでなく

し続ける

ことへの挑戦なくして本当の顧客満足は得られない、ということです。

こうなった原因をつくった社長を擁護するつもりはないですが、俺にとっては大変世話になった人なのでいろんな誤解を解く意味でも、次回は別の角度からNOVAを語ります。(たぶん)

2008年6月20日 (金)

キャッチャー

金曜になるとテンション上がりますが仕事のテンションは極端に下がるGOです、皆さんこんにちは。

久しぶりに大親友Kazと電話で話してさらに仕事のやる気なくなったね。昔みたいに昼からスーパードライやりたくなったね。

さて、バスの話ひっぱりましたが、カードは最近飲まれなくなりました。でもこないだ誰かのが飲まれててただ乗りできました。

いいね、バス

今朝歩いてる途中、バスと車が交差点でぶつかって警察、消防、救急車と牽引トラックで大渋滞かましてました、しかもCityのど真ん中で。乗用車からガソリン漏れてたからね。

高いのにね、ガソリン

さて、先週の日曜の野球の練習でメンツ的なこともあって、フリーバッティングの際キャッチャーやったのよね。生まれて初めて着けました、防具。

もたつきながらも装着してマスク被ったらこんなに見にくいのか、と驚きました。

普段リードのことボロクソに言ってすいませんでした、矢野さん。

んでピッチャーとのキャッチボールの段階ではちょっと取りにくいぐらいだったんですが、バッターが打席に入ると雰囲気は一転。

しかも初心者が多かったので空振り多いのよね(泣)

マジこわいっす。

普段リードのことボロクソに言ってすいませんでした、矢野さん。

んでファールチップしてマスクに当たるわ、ショートバウンドが足に当たるわ、マジ痛いの怖いの・・・。

ほんと、普段リードのことボロクソに言ってすいませんでした、矢野さん。

キャッチャーフライマスクしたまま追ったからね。

見にくいやら醜いやら

ほんっと普段リードのことボロクソに言ってすいませんでした、矢野さん。

んでついに捕球の際、ミットしてるのにも係わらず親指に激痛が。痛いの我慢してたらファールチップでまた同じとこに。

結局3人終了したとこで交代してもらいましたが、親指は1週間たった今も固定してます(泣)

マジで普段リードのことボロクソに言ってすいませんでした、矢野さん。

あんたすごいよ。

思えば丁度10年前サッカーでヒビが入った場所なのでまたいった可能性大ですね。あんときもギブスみたいのして会社に行ってましたが、10年たっても成長せず(苦笑)

ちなみに練習終わったあとチームメイトが、

「構えるとき、右手は後ろに隠した方がいいよ」

だって。

アドバイスサンクス。

でもそういう大事なことは最初に言おうよ。

へたしたら両手ギブスになってました。

2008年6月10日 (火)

バス編 パートⅢ

全然ひっぱるつもりじゃなかったのに、バスの話だけでパートⅢまで来ちゃいました。

最初の2話読んでない方はまずはそちらからどうぞ。

パート1 http://gogobrisbane.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_b5c1.html

パート2 http://gogobrisbane.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_099a.html

ってかもちろんパート1とか2じゃないです、タイトル。バス通勤が始まって1ヶ月、2回も券が飲まれて騒いでましたが、先日まさに完結編にふさわしく大きくきました。ってか完結すんのかな。

つい先日バスに乗り、ちょっと緊張しながらカードを差込み、無事出てくるだけでホットする毎日。ぶっちゃけそこで完全に気ぃ抜いてました。

オフィスがアデレード ストリートにあって、俺のバスもそこから出てるのですが、5時を過ぎるとこの辺は緊迫状態。まさにバスを中心とした交通の戦国状態。

この道路、バス優先レーンがあるんですが、横の普通レーンに当然一般車も紛れてます。

そこで事件はおきました。

Adelaide と Edwardのでかい交差点をすぎた際、直進するバス。

そこに横から入ろうとする車。

ちかい・・

ちかい・・・・

ちかいよ・・・

かなりちかいよっ

と思ったら、どっちも止まらず譲らず見事に衝突。

ってか車が頭一つ入ったんですが、バスは無視して横っぱらにつっこみました。

すんげーのはその後。映画のROCKのカーチェイスのシーンのようにそのまま直進するバス。ハマー顔負けの迫力。ってかバスの方がでかいし。

ひきづられる車を横目にバスはそのまま直進。

そのまま直進。

そのまま・・・

そのまま・・・・・・

そのまま行くのかよ??????

ってか次のバス停まで行きました。すごすぎます。

バス停に止まった運ちゃん、降りました。

乗ろうとしている人たちに「とりあえず乗って」みたいなことを叫んで後ろに走る運ちゃん。

もちろんさっきの車は追いかけて真後ろに駐車。

こっからはオージーの女性の叫び声の運ちゃんの怒鳴り声のオンパレード。

10分オンパレード(泣)

乗り換えようかと思ったけどおもしろかったので待ちました。

バス通勤、止められません、ある意味。

2008年6月 2日 (月)

追い記事(バス事情)

日々ネタに埋もれながらアップできないGOです、皆さんこんにちは。

家にインターネットひいてないからね。

いるのかな、今の時代。

さて、前回アップしたバスの追い記事です。

1週間ほどしてから奇跡的に郵送されてきました、バスの券。

あんな紙切れに書いただけなので期待はしてませんでしたがまあよかったです。

”With compliment”

とかかれた紙にカードにたいそうにケースを付けて送ってくれました。

でもこのケースどこでも配ってるのよね、ただで。

ただよく見ると、前回の一回分はチャージされてなかったね。

さて、この間もう一枚買っていたので2枚を保持しながら帰宅。

いつものようにバスに乗り込み、無意識で取ったほうを機械に入れると、

・・・

・・・

・・・

・・・

出てきません(大泣)

また飲まれました。

またかよ。

しばらく機械の中でカァーカァーいってもがいてますが、確実に前回と同様の現象。

”うわ・・・やっぱあのカードがいかんのか・・・”

と思いながらポケットの中のもう一枚のカードをみると実に見覚えがあるではありませんか。

そうです、あの前回の飲まれた奴は俺の手中にあります。

つまり今飲まれた奴は別物です。

なにそれ?

これの繰り返し?

ネバーエンド?

ちなみにインド人の運転手でしたが信号で止まった時、俺になにやら鍵を渡して

「これでそのBOXを空けて取ってくれ」

だって。なんだ、鍵あるんじゃん。ってか俺がやっていいのか?

んで言われたとおり鍵を回そうとしましたが全く動きません。

運転手にそのことを伝えると不満そうに運転席をおりて鍵をまわします。

もちろんまわりません。

ってか信号青になってます、運ちゃん。

鍵もスタックしましたが交通もスタック。

んで降り際やっぱりでました、きたない紙切れ。

前回のよりひどいです。紙というより、運転席探して出てきたゴミの一部です。

住所書きました。

1週間後届きました。

奇跡です。

ってか機械直そうよ。

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