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2006年4月 8日 (土)

GOPRA(旅立編)

「GOPRAのオーストラリア持込は不可能ではないか」

そんな周りの雑音を跳ね飛ばし、絶対連れて行くという信念のもと、俺はやれることをやりました。

人は強く信じることにより、己の希望や夢を実現できるのです。

少しでも疑ったり、不安がってしまうとその通りになってしまいます。

だから俺は”絶対できる”という信念を曲げずに行動しました。(GO哲学より

まず必要なのが、車の輸入許可証をオーストラリアの運輸局からもらうこと。これがなければ絶対に持ち込めません。つまりナンバーが取れないわけです。

条件は

1.オーストラリアに同型車があること

2.車検証、購入時の領収証、自賠責保険の証明書などありとあらうる書類の原本と、認可された翻訳家による和訳の原本を添付すること

3.日本で1年以上本人の名義で所有していること

4.永住権を持っていること

などが挙げられます。

問題は1ですが、心配したって仕方ありません。1台でも存在すればいいのですから信じるしかありません。

2に関してもよくよく考えると購入時の領収書なんてどっかにいってないし、だいたい何十枚も翻訳頼むだけでもいくらかかるんだ?ってな感じで不安はぬぐえません。

ここで永住権を取るために必死で勉強した英語の発揮どころです。

「カバーレター」

・・・

所謂表紙ですが、海外ではこれほど効力を発揮するものはありません。

ドラえもんのアイテムになってても不思議ではないくらい、欧米では重要な存在です。

このカバーレターに、11年も前に購入した車なので領収書がないことなどを触れた上、しかしながら絶対にこの車をオーストラリアに持っていきたい旨を延々と書きました。

まず冒頭は、車は俺の家族である、という定義。(ある人にとっては運ぶ道具だか、俺にとっては人生の苦楽を共にした大事な家族であり、離れることはありえないという主張)

次に、GOPRAとの11年間の係わり方や、これからも一生GOPRAに乗り続けるというプロセス。(どれだけこの車を愛しているか、大事にしているか、又これからも愛し続けるのか、という感動のラブストーリー

最後に、絶対オーストラリアでGOPRAを売らない念書を付け加え、完璧なまでのGOPRAに対する愛を表現したカバーレター、担当者の間で話題になったこと受けあいです。(ちなみに日本車は高く売れるので、売る目的で持ち込む人も少なくないようです。俺は彼らとの違いとここで明確にしておきたかったのです)

”おい見ろよ、こんなアホがいるぜ

と、オージーの間で回し読みされるのは承知です。馬鹿にされようが、笑われようが一向に構いません。

ただ、こっちは笑いをとるつもりなど微塵もございません。

マジと書いて本気です(順番逆か・・・まあいいや)

一つだけ触れなかったのは、GOPRAは意思をもち、俺とコミュニケーションがとれる点

事実ですし、重要な点ですが、

永住権自体が危うくなります、たぶん

さて、これで領収書の件は十分フォローできたでしょう。それにGOPRAへの愛は嫌というほど伝わったはずです。

次に”プロの翻訳家による和訳”の部分を完全に無視して全部自分でやりました。原本と同じレイアウトで和訳をつくり、極めつけは、右下に日付と俺の英語のそれらしいサイン。

まあ、なんとかなるやろ精神です

駄目だったらそんときちゃんと翻訳の人に頼んだらいい、ぐらいに考えて、提出しました。

実はこの作業、すべてヨーロッパの旅行中にやりました。電子辞書など持ってない俺は、あの重たい辞書を常にかばんに入れ、移動の度に次々と書き上げていきました。

いざ、完成した際、提出はドイツの郵便局だったのですが、

送り先は”オーストリアやで、オーストリア!!オーストリアではございません”を何度窓口で繰り返したことか。

だいたい日本人がなんでドイツからわざわざオーストラリアに重たい大封筒を送るんだろうと職員も不思議なはずです。

ああ、おとなりのオーストリアに送りたかったんだな♪

という誤解を想定してAUSTRALIARAの部分を大きくした上に受付のおばさんに念を押したわけです。

しかも全部原本ですから、ヨーロッパ大陸はおろか、ウィーンあたりで迷ってたら、全部一からやり直しです。この翻訳だけでも述べ30時間はかかったと思います。

日本に帰国後まもなく、キャンベラの運輸局から輸入許可証が届いた時は、自分の切実な思いが通じたことの喜びと、”大丈夫よ”と笑っていた、ドイツの郵便局の窓口のおばちゃんに大感謝でした。俺の中ではおばちゃんの貢献度めっちゃ高いです。

日本であれば、決められた書類を決められた手順でないと受け付けてくれないと思いますが、かねてから聞いていたオージー気質(いいかげん、おおらか)にかけ、自分の翻訳とサインだけで輸入許可証がもらえた瞬間、

俺、間違いなくこの国でやっていける

と思いましたね。

この戦もらったぐらいに思いましたよ、ほんと。

でもね、これから車を個人輸入しようと思っている人に忠告しときます。

俺はね、この時点で90%ぐらいもう達成した気でいたんですよ。

兎に角輸入許可証を手に入れるのに必死やったわけですから。

でもね

でもね

・・・

・・・

この段階、わずか1%の達成率です、マジ(涙)

この後、もっともっと大変なんです。

日本においてはまあ、廃車手続きしたり輸送の手配をしたりとお決まりの手続きなんですが、これも思ったより大変。しかしある意味マニュアルに沿ってやっていけばいいだけなので手間はかかりますが、まあ何とかなります。

問題はその後、オーストラリアに車を積んだコンテナが到着してからです。

さっきもいった、オージー気質。いいかげんでおおらかなことがとなって輸入許可証はゲットしたわけですが、こっからは、その気質がとでます。

個人輸入の本当の苦労はここからです。

次回、オージーという生き物の検証をしながら涙と感動のオーストラリア編です。

・・・

・・・

やっぱ1話でまとまんなかった

・・・

”1週間ぐらい読まなくてもいいや”

と思ってる人さらに増えたと確信してます(泣)

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コメント

GOさんのブログ1週間読まないと、
ボウ大な量になってると思うから、
出来るだけ空けづに、
読むようにしてます。
明晰なGOさんのことだから、
「オージー気質」を読みきってると
思ったけど、もしかして、GOさん自身も
心は、オージーなんじゃないかな?
そして、あのスープラも、
そして、ジェリー君も。

海tonさん、こんにちは。いやあオージー気質に関しては聞いてはいたのですが、実際最初の1年ぐらいは振り回されましたね。家建てるときも大変でしたし。でもしらない間に自分も結構いいかげんになってたりします。時間にもルーズになってしまったのでよくないですね・・。豪に入れば豪に従えは、まさにオーストラリアのことをさしてるんだと思いますよ。なのでGOは従ってます。

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